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金沢大学理工学域フロンティア工学類生体機械工学研究室

免疫原子間力顕微鏡法によるタンパク質モータプレスチンの観察

Fig. 1. ヒト聴覚器官模式図。基底板(basilar membrane: BM)の上に、外有毛細胞(outer hair cell: OHC)や内有毛細胞(inner hair cell: IHC)、その他の細胞群が存在する。OHCが伸縮運動し、基底板の振動を増幅させることにより、我々の鋭敏な聴覚が実現されている。プレスチンはこの伸縮運動の源であると考えられている。

Fig. 2. プレスチン発現CHO細胞および発現させていないCHO細胞のGFP蛍光画像。左の列は微分干渉画像(DIC)であり、右の列はGFPの蛍光画像である。プレスチン発現細胞でGFPの発光が見られ、プレスチンが発現していることが確認できる(右上)。

Fig. 3. プレスチン発現細胞の細胞膜内側の表面構造。(a) 高解像度AFM画像。リング状構造物が確認できる(A-D)。(b) プレスチン発現細胞 (n = 23) の細胞膜上のQdot (n = 109) 近傍で観察されたリング状構造物 (n = 120) の度数分布。二つのピークを有するガウス分布の存在が確認された(赤線及び青線)。これらの分布のピークはそれぞれ、9.6 ± 0.1 nm 及び 13.0 ± 0.2 nm であった。

 内耳外有毛細胞 (outer hair cell: OHC)の細胞膜中に存在する膜タンパク質プレスチンは、OHCの伸縮運動を駆動するモータとして知られています(図1)。電子顕微鏡によってOHCの細胞側壁が直径10 nm程度の粒子状構造物で覆われていることが示されています(Forge, Cell Tissue Res. 265:473-483, 1991)。また、我々は原子間力顕微鏡(atomic force microscope: AFM)で、プレスチンを発現させたチャイニーズハムスター卵巣(Chinese hamster ovary cell: CHO)細胞を観察することで、プレスチンが8-12 nmの直径の粒子状構造をとっている可能性を示しました(Murakoshi et al., J. Assoc. Res. Otolaryngol. 7:267-278, 2006)。しかし、OHCおよびCHO細胞の細胞膜中にはプレスチン以外の膜タンパク質も多く含まれているため、観察された構造物のうちどれがプレスチンなのか特定することはできませんでした。
 そこで本研究では、マーカーとして半導体量子ドット(Qdot)を使い、AFMと組み合わせて利用する新しい観察手法(免疫原子間力顕微鏡法)を開発し、個々のプレスチンの構造を明らかにすることを試みました。
 実験には、我々の研究室で開発したプレスチンを安定発現させたCHO細胞(Iida et al., JSME Int. J. 46C:1266-1274, 2003)を使用しました(図2)。細胞膜を単離し、抗プレスチン1次抗体及びQdot標識抗IgG2次抗体を用いてインキュベートし、単離細胞膜上のプレスチンをQdot標識しました。その後、AFMにより細胞膜表面の観察を行いました。
 図3aにプレスチン発現CHO細胞の膜表面をAFMで高解像度観察した画像を示します。プレスチンを発現させていないCHO細胞ではQdotが確認できないのに対し、プレスチン発現CHO細胞では、高さ約8 nmのQdotがはっきりと確認できます(黒矢印)。Qdotの近傍には、中央にくぼみがあり、4つのドメインから構成された、角張ったリング状の構造物が確認されました。この結果は、これら構造物がプレスチンであり、またプレスチンが四量体のリング状構造であることを示唆しています。また、これら構造物の寸法を解析した結果、9.6 nm及び13.0 nmの二つの異なる大きさを示しました。この結果は、プレスチンが小さい状態と大きい状態の2状態を取る可能性を示唆しています。